首里城公園 of 首里地域デジタルアーカイブ

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首里城公園

首里城正殿を中心として、守礼門や園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)、円覚寺跡などの文化財からなる国営の公園。有料区域と無料区域に分かれていて、正殿などの見学は有料。那覇市内を一望できる「西のアザナ」は、無料で楽しめる隠れた絶景スポットだ。レストセンター、駐車場も完備され、多くの観光客が訪れる。

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琉球王朝の王城で、沖縄県内最大規模の城(グスク)であった。戦前は正殿などが国宝であったが、1945年(昭和20年)の沖縄戦と戦後の琉球大学建設により完全に破壊され、わずかに城壁や建物の基礎などの一部が残っている。
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守礼門(しゅれいもん)は、首里城歓会門の外、首里を東西に貫く大通りである「綾門大道」(アイジョウウフミチ または アヤジョウウフミチ とも)の東側に位置する牌楼型の門(楼門)である。

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琉球王国時代、首里城を起点とした宿道と呼ばれる公道が琉球の隅々までひかれ、王府の発令した布達は番所から番所を経由し、中頭、国頭、また島尻へと伝達された。今回歩く道は尚真王時代に軍用道路として建設された真珠道で、この道は首里城守礼門のわきにあった石門(イシジョウ)を起点とし、シマシービラ(島添坂)、金城坂(現金城町石畳坂)、識名坂を通り真玉橋のイシバーシ(石灰矢橋)をわたり小禄を抜け、那覇港南岸至っている。

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石門の背後にある森が園比屋武御嶽である。この御嶽は国王が各地を巡航する旅に出る際必ず拝礼した場所であり、また聞得大君が就任するときにまず最初に拝礼した、いわば国家の聖地だった。

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玉陵(たまうどぅん、玉御殿または霊御殿とも)は、琉球王国、第二尚氏王統の歴代国王が葬られている陵墓。所在地は沖縄県那覇市首里金城町。そもそもは第3代尚真王(在位1477年 - 1526年)が父、尚円王を葬るために建築したものである。
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首里城の城郭内へ入る第一の正門で、俗に「あまへ御門(あまえうじょう)」という。「あまへ」は古い言葉で「よろこび」を意味しており、「歓会」はその漢訳になる。第二尚氏尚真王代(1477~1526)に創建されたといわれるこの門は、中央部に木造の櫓がある。

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