学習者の目的に応じた多視点映像教材の開発研究

概要

III. 多視点映像教材の教育利用

 学校の学習教材を中心に多視点動画で撮影し,学校教育において効果がある教材として以下の学習教材を開発した.

(1)体育における多視点映像教材参考資料:(11)(15)(16)(23)

 小学校において,マット運動や跳び箱・鉄棒運動は指導が難しい内容である,ほとんどの教師が器械運動を指導する上で,指導者は示範(見本)できる能力が必要であると答えていた.その理由として,「見せることによってイメージがつくりやすい」という答えが多かった.これは,やったことのない動きを覚えよう(教えよう)とするときまず,その動きを実際に見る(見せる)ことから始まり,次にその動きをまねるというプロセスを経ることが一般的に考えられるからである.そこで,これらの基本運動について多視点で動画を撮影し,単視点映像と多視点映像による教材を比較し教育効果について検証することが必要となる.

 小学校体育の開脚跳びを小学校3年生の児童に実際に跳んでいただき,撮影し記録した.その撮影したデータをもとに試作の教材を作成し,現職の教員を中心に評価していただいた.そして,その評価をもとに,さらによいものとするために改善を図り,教材を開発した.

 教材では,踏み切り・手の位置・足の開きを開脚跳びのポイントとして,重点をおいて作成した.しかし,教材評価や様々な意見を通して,開脚跳びは踏み切り・手の位置・肩の位置が大切なポイントだということがわかり,この3つの点に重点をおいて教材の開発を行った.

㈰マルチアングルによる提示方法

 マルチアングルとは,ポイントごとに一番分かりやすいアングルに次々と切り替わっていく映像のことである.開脚跳びのポイントの重点を踏み切り・手の位置・肩の位置に変更したことから,切り替わる順番も図3のように横→斜め→横の順番に切り替わるようにし,踏み切り・手の位置・肩の位置を強調して見せることができるようにした.

図3 体育教材(マルチアングル映像)
図3 体育教材(マルチアングル映像)

㈪比較映像による提示方法

 比較映像とは,“うまくできる子”と“うまくできない子”の映像を選び,上下または左右に並べて比較する映像のことである.

 比較映像では,速度などは変化せず,比較画面や,解説の入れ方などをわかりやすくし比較映像を完成させた.

 図4の映像は,肩の位置を比較したものである.開脚跳びをする際,重心移動が大切となる.その重心移動を肩の位置で比較したものである.解説では,肩を点,腕を線で示し,「V」の字を描くように実線でつないだ.この「V」の字の角度の開き方によって,肩の位置が変わり,腕の傾きも変わっていることをわかりやすくした.また,「肩の位置に気をつけよう」というコメントも入れ,ポイントの再確認ができるようにした.

図4 体育教材(比較映像)
図4 体育教材(比較映像)

㈫合成映像による提示方法

 合成映像とは,“うまくできる子”,“うまくできない子”を重ねてみることにより比較できる映像で,図5のように両者を同時に比較することが可能になる.

図5 体育教材(合成映像)
図5 体育教材(合成映像)

㈬残像映像による提示方法

 いくらスローにして解説を付けても,映像が残らないとわかりにくいという評価をもとに残像の映像を作成した.この映像を見ることで,どのように跳んでいったのか映像が残っているので,途中で止めたりしなくてもよい.

図6 体育教材(残像映像)
図6 体育教材(残像映像)

(2)理科実験における多視点映像教材参考資料:(12)(17)(24)

 実験・観察は児童・生徒の理科への興味・関心を深めるために有効な指導方法の一つであり,担当する教員によって工夫された実験・観察が実施されてきている.しかし気体を発生させる実験での爆発事故等,新聞やニュース等で理科の実験での事故が報じられ,児童・生徒が怪我を負って教員の責任が問われる場面も少なくない.そのために,理科実験指導方法に関わる多視点動画教材を作成することが必要となる.

 図7の4画面から同時に流れる多視点の映像では,どこが重要で最も伝えたい部分なのかが分かりにくくなってしまうという課題がある.

 そこで,小学校理科における児童の実験支援方法に関する研究開発として,理科の実験の学習教材を多方向同時撮影し,多視点映像だけでなく,図8のマルチアングル映像としても教材化した.

㈰多視点映像による提示方法

 単視点の情報では,「見えない部分」が多く存在している.今回の実験では,その「見えない部分」をカバーするために,「正面」「右」「左」「アップ」の多視点映像を一度に見ることができる教材の映像処理を行った.この多視点映像は,今後見たい情報を自分で選び,拡大して見ることができるなど,学習者の用途に合わせた教材づくりへとつなげていくことができる.

図7 理科実験教材(多視点)
図7 理科実験教材(多視点)

㈪マルチアングルによる提示方法

 多視点映像では「見えない部分」をカバーすることができたが,どこが重要で最も伝えたい部分なのかが分かりにくくなってしまうという課題があった.そこで,学習者が見たいと考えられる映像や情報提供者が取り上げたい映像を,マルチアングルで順に流していくというマルチアングル映像で構成した教材を作成した.

図8 理科実験教材(マルチアングル)
図8 理科実験教材(マルチアングル)

 マルチアングル映像は見たい映像を取り上げているため,多視点映像と比較すると見える場所は少なくなってしまう.しかし,「伝えたい情報の強調」という面においては,優れた映像教材だということができる.

(3)造形教育指導教材における多視点映像教材参考資料:(6)(7)(20)(21)(22)

図9 紙おもちゃ教材における自由視点映像
図9 紙おもちゃ教材における自由視点映像

 教材などのデジタルコンテンツを作成する場合にも,このような自由視点映像が要求され,学習者が必要な資料を選んで提示できるシステムが求められる.特に,造形教育の教材指導教材においては上部からの視点撮影教材が重要である.さらに,映像を撮影する場合,撮影者は被写体に合わせてズームアップを行うと考えられる.この研究では,ズームアップなどを行わず一定の焦点距離で撮影を行い,その教育的効果について調査した.また,造形教育指導教材におけるコミュニケーション分析により親子の関係を分析した.

(4)伝統文化活動における多視点映像教材参考資料:(1)(2)(4)(12)(14)

 デジタル・アーカイブにはいくつかの記録方法が考えられるが,多視点同時撮影によって,文化財や文化活動の様子・所作を正しく記録し,後世に残すことが重要である.そこで,文化活動の記録方法として,多視点同時撮影によって国重要無形文化財の「郡上踊」等を記録し,さらにそれらの情報を用いて”所作”の継承のメカニズムのための総合的なデジタル・アーカイブの開発について研究するとともに,教育への利用について研究した.

作成した主な伝統文化活動
  • 重要無形文化財「郡上踊」
  • 沖縄空手
  • 琉球舞踊
  • エイサーなど

(5)授業実践の多視点映像教材参考資料:(8)(13)(18)(25)

 本学では,既に学生チュータ(教育ボランティア)として学校に赴き,現職教員と一緒になって教育活動を行う事業(以下学生チュータ事業)に学生を参加させることによって,子どもとの関わり方について,情意面でどのように変化するかについて研究した.このような,授業実践を研究する際,授業の様子をビデオカメラで撮影することは非常に一般的である.映像記録には,筆記による記録よりも情報量の多い記録を残すことができ,見たい場面を一時停止などの操作を交えながら繰り返してみることができる.そのため,撮影した映像は,筆記記録との併用で実践者が自らの実践を振り返るのに,しばしば使われる.しかしそれだけではなく,教員を目指す学生の養成のための教材として用いられることもある.特に,優れた実践の映像は,教員を目指す学生や多くの教員にとっても,授業実践力を学ぶための有用な教材となる.ところが,ビデオ映像による記録には,実際に授業の場で観察を行った場合と比べると,臨場感の欠如の問題や視覚の狭さの問題がある.

 複数のカメラを使って映像を撮影することには,実践の場で観察することにはない新たなメリットもある.授業の場では,観察者は一度に一つの場所にしかいることはできない.ビデオカメラを複数台設置することで,同時に複数の角度からの記録を撮ることができ,後で自分が立っていないところから観察した様子もうかがい知ることができる.教室後方から教室全体の様子と教師の様子,教室前方から児童・生徒の表情を撮影することで,教師と児童・生徒との両方を記録できるし,個々の児童・生徒の様子とその児童・生徒がおかれている全体の状況とを記録することができる.記録映像を見る際,観察・記録時とは異なった点を分析したいときに,有効なデータを与えてくれる.

 ただし,複数台のカメラを使って撮影した場合,記録を見る際の手間が増大する.4台のカメラを使って撮影した場合には,映像再生時にも4つのテープを操作しなくてはならない.それぞれを個々に扱わなければならないため,あるシーンについて分析したい場合には,4本のテープを早送り・巻き戻しして当該シーンを探して分析することになる.このようなわずらわしさは,単なる手間の問題というだけではない.映像を見て授業を分析したり,教師を目指す大学生が学習したりする際の大きな障壁となる.例えば,大学生がベテラン教師の授業の風景をある角度から撮影した映像を見て,ふと別の角度からの映像で子どもの様子を確認したくなった時,テープを取替えて当該場面を検索するなどにより映像をすぐに取り出すことができなければ,大学生の作業が一時的に妨げられるというだけでなく,思考の流れが妨げられてしまう.

 そこで,特に教員を目指す大学生が授業実践について学ぶ際に複数台のカメラで撮影した映像をより簡便に扱うことができるよう,DVDのマルチアングル機能を利用したデジタルコンテンツを開発することが必要となる.このようなコンテンツを利用することにより,学習者は思考の流れを妨げられることなく,授業実践映像を検討することが可能となる.もちろん,複数のカメラからの記録を扱うことで,1台のカメラで撮影したときよりも授業実践についての様々な様子を見ることができるようになる.学生が授業実践について学ぶ上で非常に有用である.

 今後,「教職実践演習」や「教育実習」の履修を通じて,教員として必要な資質能力の確実な確認をするためにも,多視点で授業実践を記録することが必要となる.

(6)書写教育における教材開発参考資料:(19)(26)

 小学校教育においては,授業は担任の教師が全ての科目を担当している.つまり教師の専門外の科目でも教えなければならない.専門家でなくても授業を円滑に進めることが大変重視される.そこで誰でも簡単に操作ができ,尚且つ授業を進める上での手助けとなる書写の授業のための教材開発を進めることにした.映像教材は,DVDでの利用を検討している.

図12 書写教育教材
図12 書写教育教材

 書写の授業に映像教材を導入することにより効果的な書写指導や興味・関心を持たせ,理解の支援等の教育的効果が考えられる.