旧田中家とは?

田中家は大野郡灘郷冬島村(現高山市冬頭町)にあった民家です。飛騨の国学者田中大秀が文化年間(1800年頃)大野郡三枝郷中切村(現高山市中切町)から田屋(小作管理を目的とした建物)として移築し、後に庶子を住まわしたと言われています。
現在では飛騨民俗村に移設され、見学することができます。

歴史

建物の様式や手法から中切村で建てられた時期は17世紀末から18世紀初め、元禄年間のものと考えられています。
 

建築

間口7間、奥行6間、軒が低く緩やかな勾配の切妻板葺き石置屋根で、正面右側に庇をつけた簡潔な建物です。これは高山盆地を中心とした飛騨中央部に多く見られました。屋根の下には各室とも天井を張らず、見上げると直接榑葺きの屋根裏がわかります。材料は栗と松で、天井はなく、太い梁の上に母屋があり、垂木は屋根下地を共に縄で結ばれた美しい配置を示し、手斧による建材の表面加工、土間の多い土座生活様式など、高山地方に数多い農家の素朴な古い形式を留めています。

写真

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 〒506-0055
岐阜県高山市上岡本町1丁目590番地 飛騨民俗村構内
(旧所在地:冬頭町982番地)